ドイツのハイルプラクティカー(Heilpraktiker)
・ドイツに暮らしてみて「ハイルプラクティカー」という仕事を聞いたことがある方も多いと思います。
・医師ではありませんが、主に補完代替医療の領域で、制限された範囲での治療行為が認められている職種です。
・ハイルプラクティカーになるにはハイルプラクティカーの国家資格が必要です。
・ハイルプラクティカーの島部ストラスナーさんがハイルプラクティカーの仕事について分かりやすく説明してくださいます。
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1.ドイツのハイルプラクティカーとは?
日本に同じ制度がないため、訳せる言葉がありませんが、Heil とは病などを治す、癒すという意味、Praktikerは実行する者、合わせて治療士という直訳になります。実際には、自然療法、民間療法、伝統医学といった補完代替医療をもって患者を治療する職業を指し、自然療法士という訳が近いといえます。例えば、ハーブを使用する植物療法(Phytotherapie)や、アロマセラピー、ホメオパシー、オステオパシー、ハリ治療(Akupunktur)、東洋医学などが、代表的な治療内容として挙げられます。
2.ハイルプラクティカーの仕事とは?
法律上(HeilprG: Heilpraktikergesetz)ハイルプラクティカーは、医師免許をもたずして、患者を診断し治療を行うことをゆるされた者となります。つまり、通常は医師のみが許されている医療行為を、ドイツでは制限的にハイルプラクティカーという職業にも認めています。もちろん法律によって、制限や禁止事項が定められており、医師とは全く異なる立場にあり、主に補完代替医療の分野で活動しています。例えば、ハリ治療に関しては、ドイツでは医師とハイルプラクティカーのみに許された医療行為となっています。一方、ハイルプラクティカーには、伝染病患者を治療することを禁じられていますし、薬を処方することにも制限があります。
3.ハイルプラクティカーの治療はどこで受けられますか?
基本的にハイルプラクティカーは個人もしくは同業者と治療院(Praxis)を持ち開業していることが多いです。ほとんどは予約制ですので、事前に連絡をとる必要があります。
4.ハイルプラクティカーの治療の費用は?
ドイツの健康保険でも欧州(EU)内旅行中での治療がカバーされる契約が多くなっていますが、欧州域外への出張、日本への一時帰国など、訪問国によっては適用外のことありますので旅行前に確かめてください。
5.ハイルプラクティカーの治療を受けるメリットは?
通常の現代西洋医学に補足するという意味で、補完(相補)代替医療という言葉があります。その言葉のとおり、通常の医療に補足したい場合、これまでの治療では対処法が見つからない場合や、身体面、心理面、精神面から患者全体を観る治療法を求める場合、診察に時間をかけ個人にあった治療法を望む場合、生活の質(QOL: Quality of Life)を高めたいなど、様々な点が挙げられます。しかしながら、ハイルプラクティカーといっても、それぞれ異なる治療内容を提供していますので、そのクオリティーの高さや治療内容が自分にあって納得できるものか等は、各々がしっかりと判断する必要があります。
6.ハイルプラクティカーはドイツの国家資格です
ハイルプラクティカーになるには、国家試験を受けなければなりません。そのためには、基本的な西洋医学の知識が必要です。生理学、病理学、解剖学といった医学の基本知識に加え、感染症法(IfSG: Infektionsschutzgesetz)やハイルプラクティカー法(HeilprG: Heilpraktikergesetz)をはじめとした法律、診察方法や注射・採血などの実技などを幅広く学ぶ必要があります。試験は筆記試験と口述試験からなります。筆記試験はドイツ国内統一試験で、その合格後、保健所にて医師とハイルプラクティカーからなる試験官により、症例を問われたり実技などをテストされます。学ぶ内容が多岐に渡るため、看護師など医療従事者であっても合格するのは容易ではないといわれています。試験内容は医療行為を行う最低限の知識と、危険な伝染病の見極め、伝染病患者への治療行為の禁止、応急措置といった、衛生管理、ハイルプラクティカーの治療範囲や限界を明確にするものであるため、資格試験が厳しくされています。ただし、自然療法などの治療法は試験内容に含まれておらず、これらは各自の責任において学ぶことに重点が置かれています。加えてハイルプラクティカーは講習を定期的に受けることが職業法規(BOH: Berufsordnung für Heilpraktiker)に定められており、各自の専門分野の知識の研磨に励むことを求められています。
7.ハイルプラクティカーには3種類ある
以上にご紹介した以外に、心理療法に特化したハイルプラクティカー (Heilpraktiker für Psychotherapie)と、理学療法に特化したハイルプラクティカー(Sektoraler Heilpraktiker, Heilpraktiker für Physiotherapie)があります。いずれも、医師の診断や処方なして、患者が直接連絡をして治療をしてもらうことができます。そうすることで、治療を必要とする側の選択肢が広がるとともに、増え続ける需要を受け止めることが期待できます。
8.ハイルプラクティカーの歴史とは
1939年のナチス政権のもと、伝統医療や民間療法を取り締まるために法律 (HeilprG)が作られました。それまでは、定まった資格はなく、様々な治療行為が行われていたようです。そうなると治療内容によっては、健康被害がでることもあり、今後は医師のみに治療行為を認めるべきという流れとなりました。ハイルプラクティカー法に「ハイルプラクティカーの資格をもったもののみが、医師以外で医療行為を行える」という文言はあるものの、実際にはこの資格を付与するつもりはなかったようです。しかし、『職業を遂行する自由』という権利があり、これまで活動してきた職業をまったく撲滅することは権利を奪うことになります。結果として、ハイルプラクティカーの資格とともに自然療法の仕事が次世代へと引き継がれていきました。もちろんそこには、当時の人々の代替医療への需要もあったと思います。それに加えて、ドイツに根付き世代を超えて伝えられてきた自然療法への信頼や理解があったことは想像に難くありません。
(参考文献: Lehrbuch für Heilpraktiker, Isolde Richter, ELSEVIER Urban&Fischer, 2013, P.3)
9.ハイルプラクティカーのこれから
以上に述べたようにドイツにおける民間療法・伝統医療への信頼は根強いものがあり、逆風の中からハイルプラクティカーという資格が生まれ、90年近く職業が守られてきました。現代西洋医学でも実績を残してきた医療大国ドイツならではの、懐の深さといえるかと思います。現代でも、ハイルプラクティカーに対する風当たりは強い部分もありますが、安全性、専門性、治療内容の点を患者自身で見極めるのは大切です。事前の情報収集や問い合わせなどを通して、自身にあったハイルプラクティカーを見つけられ、良いサポートを受けられることを願います。
執筆
島部ストラスナー・アキ 氏
ハイルプラクティカー(ドイツ自然療法士)
デュッセルドルフの治療院 にて日本および中医学に基づいた補完代替医療を行う。主に痛みやメンタルケア、緩和ケアの分野で、ハリ治療、こどものための小児鍼、ゆらし療法などを行っています。(www.shimabe.de)